遠藤 :
最後に、先生はご本の中でたびたび東洋思想が心身医学に持つ意味や役割について
述べておられますが、具体的な治療の場でそういうことを体験なさったことがおありでし
ょうか。

池見 :
私どもは今から十数年前、癌の自然退縮の研究を始めました。末期癌になって医者
から完全に匙を投げられた患者さんが、ときとして自然に治ってしまうんですね。その頃
は10万人か20万人に一人と言われていたんですが、近頃は500人か1000人に1
人もあるんです。
私の同僚の中川俊二氏はそういう方を日本全国から69名集めていますが、そこからわ
かってきた重大なことは人間の「実存的転換」ということです。つまり、仏教でもキリス
ト教でも、自分の命はいただいたものであり、生かされて生きているのであり、また自分
という存在は他者からのサポートなしにはありえない(持ちつ持たれつ)という自己のル
ーツへの目覚め(実存的転換)が大切ですね。

池見:
亡くなった数学者の岡潔先生が書いておられますね。日本は明治維新以来、物質文
明にばかり突っ走って、物欲の虜になってしまった。教育は畜生道の教育になってしまった。
〈小さな我〉を、〈真の我・大きな我・自己〉と取り違えてしまった。これを救う道は
「人」の科学しかない。かつて宗教が説いていたことを科学的に説ける道が現れないと
救いへの道はない。
                         遠藤周作「心の海を探る」プレジデント社より